美里町の文化財(有形)-国・県・町-由緒・案内

美里町の文化財(有形)(県・町の案内より、一部抜粋しています)
指定種別  名称  所在地  管理施設等 
国指定史跡 水殿瓦窯跡  美里町沼上428-1外  美里町 
県指定史跡  十条条里遺跡  美里町南十条382外  美里町 
県指定旧跡  万葉遺跡-大伴部真足女遺跡 美里町広木1300  広木区長 
県指定旧跡  さらし井  美里町広木曝井1407  大興寺 
県指定史跡  長坂聖天塚古墳  美里町関2044-1  美里町 

水殿瓦窯跡 美里町

水殿瓦窯跡-国指定史跡

水殿瓦窯跡(すいでんかわらかまあと)は沼上にあります。鎌倉時代の窯で、粘土をを使いここで瓦を焼いたものです。平成元年に確認調査が行われ、4基の窯跡が発見されています。ここから出土した瓦が鎌倉市二階堂永福寺跡の出土瓦と似ていることから、ここの瓦が永福寺修復に使われたと考えられます。
(美里町案内板より)

       

十条条里遺跡 美里町

十条条里遺跡-埼玉県指定史跡

十条条里遺跡(じゅうじょうじょうりいせき)は南十条にあります。条里というのは、日本の古代に行われた、地割制度のことで、管理するためのものです。東西の線を条、南北の線を里と名付けて土地区画をしました。美里町には、条里制に由来する地名が、南十条、北十条、十条堀(根本)などがあります。
(埼玉県・美里町案内板より)

       

万葉遺跡 伝大伴部真足女の遺跡

万葉遺跡 伝大伴部真足女の遺跡-埼玉県指定旧跡

伝大伴部真足女(でんおおともべまたりめ)の遺跡は広木字御所ノ内にあります。堀型の田畑に囲まれた90m四方の遺跡が、防人檜前舎人石前(さきもりひのくまのとねりいわさき)の館跡といわれています。真足女は、その妻で、防人に赴く夫に惜別の情を詠じたとして、万葉集第20巻に「枕太刀腰に取り佩きまかなしき背ろがめき来む月の知らなく」と載せられています。
(美里町案内板より)

        

さらし井 美里町

さらし井-埼玉県指定旧跡

さらし井は広木の、ねり木川の端にある、岩石で囲まれた湧き水で、奈良時代から織布を洗いさらすために、使用された湧き井戸です。万葉集第9巻に、「三栗の那賀に向かへる曝井の絶えず通はむそこに妻もが」とあり、女性たちの社交場でもあったそうです。町の水道ができるまでは使われていたそうです。
(美里町案内より)

        

長坂聖天塚古墳 美里町

長坂聖天塚古墳-埼玉県指定史跡

長坂聖天塚古墳は美里町関の諏訪山古墳群のひとつで、5世紀前半に造られたもので、高さ4.5m、直径50mの円墳です。昭和49年の調査で6つの埋葬施設が発見されました。出土品では、方格規矩鏡、直刀片、ガラス小玉などが出土しています。県内では古式古墳の代表的なものです。
(埼玉県・美里町案内板より)


        

児玉の四季

                                                                                                         
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