諸井恒平-郷土の偉人・本庄市 

諸井恒平は本庄郵便局長から、セメント王までなった実業家。
諸井恒平は文久2年(1862)に武州児玉郡本庄宿で東諸井家の10代目、諸井泉衛の次男として生まれる。明治11年(1878)、16才で本庄生糸改所頭取に推される。明治19年(1886)に、本庄郵便局長になっている。翌年、明治20年(1887)に、親戚である渋沢栄一の薦めで、深谷の日本煉瓦製造株式会社に勤める。諸井恒平は支配人を経て、明治40年(1907)には専務取締役までなる。その間の、明治32年(1899)に日本工業協会理事も務めている。明治43年(1910)、秩父鉄道の取締役の時に武甲山の石灰岩に注目し、セメントの需要拡大を見込み秩父セメント会社を設立して、大正12年(1923)に諸井恒平は社長に就任した。諸井恒平は、大正14年(1925)には秩父鉄道株式会社の社長に就任する。昭和12年(1937)には、秩父セメントの取締役会長となる。昭和16年(1941)没。
本庄市にある、本庄仲町郵便局(旧本庄郵便局)は諸井恒平が昭和9年(1934)に建築したもので、国の登録有形文化財(木造2階建)になっています。
 (参考資料・埼玉県、本庄市、他)

諸井恒平

諸井恒平も若い頃は住んでいた諸井家住宅
本庄仲町郵便局のすぐ裏にあります。
諸井家住宅は明治13年頃に諸井泉衛が
建てたモダンな建造物で、埼玉県指定の
有形文化財になっています。



        

児玉の四季

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