奈良時代の木簡−山崎上ノ南遺跡(飯倉)

この木簡は1997年(平成9年)に埼玉県児玉町(現・本庄市)の山崎上ノ南遺跡出土の木簡です。  「釈文」 檜前部名代女上寺稲肆拾束 宝亀二年十月二日 税長大伴国足 
この木簡は「檜前部名代女(ひのくまべのなしろめ)」という女性が771年(宝亀二年)10月2日に寺の稲 「肆拾(四十)束(しじゅう    そく)」を納めたことを郡の税長(税務責任者)の「大伴国足(おおとものくにたり)」が記録した札です。この木簡は国立歴史民族博物館の赤外線テレビカメラで撮影した写真によって、肉眼では読みとれない文字が公開されることとなる。
参考資料 「歴博」No.180 古代出土文字の画像の公開を目指して 平川南/武井紀子
 山崎上ノ南遺跡出土木簡 (長さ18.2cm 幅3.7cm 厚0.5cm) 本庄市教育委員会蔵
本庄市合併以前の児玉町遺跡調査会によって、出土の古代木簡は県内初といわれる。
山崎上ノ南遺跡出土木簡は本庄市有形文化財(歴史資料)に指定されている。 

奈良時代の木簡−山崎上ノ南遺跡出土

山崎上ノ南遺跡の木簡−本庄市教育委員会蔵

山崎上ノ南遺跡の位置図

  児玉地域(本庄市)の山崎上ノ南遺跡(飯倉)出土の古代木簡には宝亀二年(771年)と書かれていた。

                                                                                                          
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